結城浩のお話

2016年07月13日(水)  List  Edit  New


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まちがいを恐れない気持ち

ネットで発言するときでも、何かに文章を書くときでも、
できるだけまちがわないようにすることは大事である。

でも、まちがいを恐れるあまり、発言を控えたり、
文章を書くのをためらったりするのは良くないと思う。

むしろ、特にネットではまちがいを恐れず、
大胆に行動していきたいと思っています。

私は、まちがい自体を恥ずかしいとは思わない。
恥ずかしいのは「まちがうのは恥ずかしい」と思う気持ちである。

「まちがうのは恥ずかしい」と思うとき、
考えているのは「真理」ではなく「他人の視線」であることが多い。

もちろん、故意にまちがえというのではない。
正しい、有益だ、興味深い、と考えたことは思い切って表現するのがいい、
といいたいのである。

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世の中には「まちがいを恐れる」人はたくさんいる。
それだけではない「自分が知らないことを他人に尋ねるのを恐れる」
という人もいるのだ。

他人に尋ねない。他人に尋ねられないというのは、
簡単に言えば「賢くなりたくない」「正しい知識がほしくない」
という人だ。「馬鹿でいることを好む」とも言える。
自分のプライドを大事にするあまり、
他人に尋ねられないというのは愚かな態度である。

結城の知人にはたいへん賢い人が多いのですが、
その中に「自分は絶対まちがいをおかさない」
と思っている人はおそらく一人もいないはず。
おそらく全員が「自分はちょっとした拍子でまちがう」と思っている。
そして(だからこそ)、

 ・どうしたら自分がまちがわないか
 ・どうしたら自分のまちがいを検出できるか
 ・どうしたら自分のまちがいを訂正できるか

を真剣に考えることになる。

暗号やセキュリティの世界でも、数学の世界でも、プログラミングの世界でも、
どこにでも、

 ・どうしたらまちがいを減らすことができるか

という問題意識が中核にある。

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アカデミアの人も、ビジネスの人も、毎日何を語っているか。それは「きみはまちがっている。なぜなら〜だから」あるいは「きみは正しい。なぜなら〜だから」という話。君が絶対的に正しいなんて、だれも期待していない。君がまちがいを犯しても誰もあなたをとがめない。大事なのはリーズニングなのだ。

なぜ。どうして。なにゆえに。あなたはそう考えたのか。あなたはそう行動したのか。その問いへの答えは常に求められる。答えが正しいかどうかはわからないけれど、でもあなたの基準が何かあるはずだ。そのリーズニングは求められる。

「あなたが正しいかどうか」とは少し違う情報が求められていることは伝わっているかしら。あなたが正しいかどうかは(表面的には求められているかもしれないけれど)実は求められていない。何を元に何を導出したか、が求められている。staticなあなたではなく、dynamicなあなたが。

世界は日々、動いている。今日「正しい」とされた考えが明日は「大間違い」になるかもしれない。そんななかであなたに求められるのは何か。それは《生きた知性》である。何が問題かすらわからない状況で問題を切り出し、必要な情報を探し出し、現時点での解を求める。その能力が求められている。

それは、雇い主のこと、あなたのクライアントのことを考えればよくわかる。あなたにお金を払う人のことを想像せよ。ちょいと検索すれば見つかる知識を求めているのではないのだ。そうではなくて、生きた《問題解決者》が求められているのである。

もしもあなたが、誰かの《問題解決者》となるならば、あなたは求められる存在となるはずです(こういう書き方をするとぶーぶー言う人がいるけど、スルーします)。全世界のすべてが入力。全世界のすべてが出力対象。それがあなたの直面する世界です。

自分はどのドメインに狙いを定めるのか考えよう。知的空間は広大である。どのあたりに軸足を置いて、どの方向を自分の《ベースキャンプ》とするのか。ねらいを定めよう。そういう大きな視点がとても大切になると思う。だって、多くの(些末な)知識は買えるから。ちょいと調べれば得られる時代だから。

若者よ。いま結城がツイートしたことは「あたりまえ」のことだよ。「なに陳腐なこと言ってんの」という次元の話だよ。いいですよね?あなたに未来を託しても、いいですよね?

以上、だしぬけに始まった連ツイは、cron嬢さまの手によって、以下のURLにまとまります。
http://rentwi.textfile.org/?728546589443133440s
そして、おそらくは加筆修正の後、結城メルマガの読み物になる予定です。
http://www.hyuki.com/mm/

蛇足になりますが、もう少し書きます。結城が『数学ガール/フェルマーの最終定理』を書き始めたとき、実は《互いに素》という概念を知りませんでした。いや、知ってましたよ?知ってましたけど、テトラちゃんのいう「お友達」ではありませんでした。本を書いて初めてわかったことはたくさんあります。

病んでいる人は医者を求める。自分だけではまずいと思う人は他者を求める。自分はわかっていないと思う人は知恵を求める。そういうことです。自分の中の「欠け」を自覚できないこと、それこそが大きな「欠け」なのです。自分は完璧だと思う人はまっしぐらに無知の闇を走り抜けている。

- 今回は、Web連載の公開直後に約二名様から明らかなまちがいの指摘をいただきました(深く感謝)。私が急いで修正してるのを見て彼女が驚いてました。「みなさんちゃんと読んでらっしゃるのねえ…」。読んでますとも!!ねえ!
21:45





- 結城浩 @hyuki
- まちがいの一つは、3で割るべきところを2で割ったの。もう一つは、0/0を0としたの(直前にテトラちゃんが指摘してたのに!)。そんなお馬鹿なまちがいばかり。でも、読者さんから指摘いただくのは、すごくうれしい!ありがたい!
21:49

(*'-'*) .。oO(ちなみにわたしが「読者はすごい!」といつも言うのは、ゲーデル巻の第10章(一番ややこしいところ)で、普通に質問や指摘が来る経験からです。とても礼儀正しいメールで、めちゃめちゃ鋭い指摘や修正案がやってきます。(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル
19:13

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結城は、Twitterであれ、メールであれ、まちがいを指摘してもらうことが大好きです。自分のまちがいを指摘されること、大好物です!指摘してくださった方には、いつも心から感謝しています。結城は「まちがいを指摘してもらうこと」をとても重視しているからです。

書籍のまちがいにせよ、Webサイトのまちがいにせよ、諸般の事情で、すぐに修正できないこともあります。でも、それとは別に「指摘」そのものは大歓迎です。なぜなら、指摘してもらえるというのは、結城が書いたものを時間を掛けて読んでもらえたという証拠だからです。そしてまた、指摘のためにわざわざ貴重な時間を割いてくださったからです。

結城は「まちがいを指摘されなくなったときが、大きなまちがいの始まり」であると思っています。ですから、ぜひ、結城のまちがいを、どんな細かいことでもいいのでご指摘ください。先ほども話した通り、必ずしもすぐに修正することはできないかもしれません。でも、まちがいの指摘には本当に感謝しているのです。

まちがいが、どんなに失礼な言葉遣いで指摘されても、またどんなに若い方でも、結城はまったく気にしません。それは当たり前のことです。結城のまちがいを指摘してくださること、そのお気持ちと情報に感謝します。年齢・国籍・経験・性別・出身地・過去の職歴、そんなこととはまったく無関係です。

数学やプログラムのいいところはそこにあります。当人の人間的属性は無関係で、事実を指摘してくださることに感謝なのです。それこそフラットな社会であり、インターネットのメリットではないですか。私はそのように思います。

もちろん、当人の経歴や職歴や社会的な実績が無意味だというのではありません。それは発言の信用性の担保となりますから。「この人、むちゃくちゃなこと言ってるけど、数学者だから、もう少し我慢して聞こう」ということはありえます(し、大事なことです)。

しかし、基本は「いま、この人が、何を根拠に、何を主張しているか」です。そのフラット感はとても心地よいものです。基本的な礼儀は、相手が小学生でも大学教授でも関係ありません。愚かな主張に対しては小学生でも大学教授でも関係ありません。

みなが礼儀正しくふるまうことを軽視しているわけではありません。でも、それとは別にまちがいに関しては「まちがいです」と主張できるのは健全なことです。正しいことについては「それは正しいです」とみながおくせず主張できるのは安心な社会ではないでしょうか。もしも自分がまちがっていたら「結城さん、ここがまちがっています」と指摘される社会(いいね!)。

誰かがまちがった主張をしていたら、「あなた、ここまちがってますよ」とおくせずに主張できる社会(いいね!)。結城はそういうのは健全な社会だと思います。みなが「わたしはこう思います」と主張できる社会のこと。ただし、相手がそれに同意するかは保証されないけれど。

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結城がTwitterを好きな理由はそこにあります。むかしWebに「掲示板」というものがありました。そのとき、返信するかどうかで悩むという気苦労がありました。Twitterは基本、返信しなくてもいい。そこが素敵だと思うな。みんながそれぞれに自分のいいたいことをいう。

みなが好きなことをいう。それを聞きたくなければ、アンフォローなりブロックなりすればいい。言いたい人はいいたいことを言い、聞きたくない人には聞かないオプションがある。そこがTwitterのいいところだと思う。自己責任。フラット。いいたいこといえる。ききたいことだけきける。そういう関係を、結城は心地よいと思っています。(他の人に強制するわけではありませんけれど)。


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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki

『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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